KINMAN STORY

私の人生は、信じられないほどの真実のストーリーに基づいています。
私は、生まれてとても小さいうちから親戚の家で育ちました。それが全てのトラブルの始まりです。極度に緊張し、気迫をもっていると、周りの人々は「トラブル」が私のミドルネームだと思っていました。多分、だから「人生はまじめに受け取るには重要過ぎる」という古い人生観に同意したのでしょう。とにかく、その後私はギター、特にピックアップに興味を持つようになりました。最初は、組み立て工と、旋盤工の見習い(プロダクション・エンジニアリング)で、バンドでもプレイしていました。しかし、当時のPrecision Bassのネックの寸法を扱うことができなかったのと、また、当時の見習いの給料では生活できなかったので、Fenderにいることができなくなり、自分でエレククトリック・ベースを製作する決心をしました。ピックアップは、P-Bassユニットのスタイルでしたが、私は鋳型で作ったプラスティック・カバーをはじめ、ゼロから作りました。これは、市販のリプレイスメント・ピックアップが登場するよりも何年も前のことで、その頃はFenderの新しいピックアップが欲しければ取り替える古いピックアップも持って行かなければなりませんでした。これは、私のように自分で楽器を作ってしまう人々に対して、そうさせないためでしょう。
そういったはじめの頃から、私はピックアップという神秘的なものの魅力を深めていきました。私は手に入るものならどんなピックアップでも手に入れて、詳細に勉強しました。そして全てのデータを記録し、そのものが持つトーンを記載しました。私を突き動かしていたのは、当時良いギターを作るギタービルダーはいたものの、素晴らしいピックアップを作るビルダーはいないという事実で、自分がそのパイオニアになりたいと思っていました。ピックアップの電気的な機能はとても神秘的で、供給されるマグネットやワイアー、ボビンについて詳しく理解している人間はほとんどいませんでした。私のエンジニアとしての背景や、工夫に富んだやり方で、とても良い仕事をすることができました。自宅の地下で、私がギター製作/リペアーのキャリアをスタートさせた後、私の駆け出しのビジネスが始まったばかりの頃は、熟練のギター技術者が不足していました。私はハードウェアやピックアップだけでなく、自分のエレクトリック・ギターのブランドも作り、デザインをしていました。唯一外部から調達していたのが、ペグです。当時は、まだGotohがまだなかったので、Schallerを使っていました。私は、いろいろ探し回って手に入れた様々な部品を部分的に使ったり、特別なパートに対しては自分で部品を作ったりしながらピックアップのワインディング・マシン(巻き機)を作りました。オートメーション化はされていませんでしたが、コイルを巻き重ねるためのガイドがついていました。少しずつ、また何回も何回も精密にされ、手動ガイド機として考えうる限り完璧になるまで、何回もデザインを変えました。何百ものピックアップを作り、修理で数えられないほどStratとハンバッカー・コイルを巻き直しました。ある日、名案がひらめきました:2つの対の位相を垂直にするノイズ・キャンセリングStratピックアップのデザインのためのアイデアです。少しの間私はその考えに夢中になりましたが、位相のキャンセルの関係で音があまり良くないことに気づき、全ての考えを捨てました。数年後、あるピックアップ会社が同じ考えを発見し、市場に製品を投入しました。それは、スタックか、バーティカル・ハンバッカーで、そのひどい音で悪評を手にしていました。私は彼らの成功に妬んでいたものの、自分自身で使わないものは売ることはしないということも知りました。私は完璧主義者で、時にそうあることは大変な困難を伴います。全てについて、ほんの些細なディテールでさえ主要な問題として扱われ、それが是正されるまで私は固執しぬきます。当初は、私がその時作っていたギターの関係で、ほとんどGibsonスタイルのハンバッカーを作っていましたが、何人かのお客様にいただいていたレスポンスについての改良をしていました。
その時代はとてもタフなものでしたが、ギターとピックアップについての、どこからも得られないような深遠な知識を得ることができた大変有益な時間でした。振り返ってみると、その当時知っていたと思っていたことは、1980年代にStratocasterのためにデザインしたアクティブ・ノイズ・キャンセリング・システムから学んだことに比べると、バケツの中の一滴の水滴のようなものです。それは私に知識と経験を与えてくれたプロジェクトで、結局AVnピックアップのレベルまで導いてくれました。
1980年代にBlueprintシリーズというソリッド・ボディー・ギターのプロジェクトを始めました。60年代初期のStratocasterをベースにしたエレクトリック・ギターに対する、私の燃え盛る情熱が所以です。私は、チューニング、ノイズと、全体的なクオリティーに対する全ての問題を解決したいと思っていました。それができる唯一の方法は、ギター全体をゼロから作るということです。私は、完成されたネックやボディーは買わないで、生の木から全てを作りました。私は、それらのギターが非常に短い期間に伝説的な地位を手に入れたことを誇りに思います。そのトーンは偽りなく荘厳で、素晴らしいフィーリングで、実際にとてもよく鳴り、信頼性の高い実戦向きなものでした。さらに、ナットをテフロンから作り、ブリッジ・ブロック自体も改善することによりビブラート・ブリッジのピッチ性能を向上させました。また、ロー・ストリング・プル・シングルコイル・ピックアップをデザインし、それが私のギターを完璧に補足することによりオーストラリアのアクセサリー・マーケットにおいて大変な人気を得ることができました。私は、シングルコイル・ピックアップのハム・ノイズに蓋をするベストな方法は、見せ掛けのコイルを使って電気的にノイズをキャンセルする、アクティブ・システムだと考えました。私はKinman Buzzbuckerと呼ぶシステムをデザインし、大変うまくいっています。私は、サイレント・ピックアップ機構を打ち出した、Blueprintシリーズの最初のものと、伝統的な‘S’クラス・ギター130本以上にスタンダードな装備として取り付けました。プレイヤーの方々には大変気に入っていただき、多くの方は2つ購入してくれました。私はまた、ノイズの問題や、スタック・タイプのピックアップを使いたくないというFenderユーザーのお客さまにBuzzbuckerを取り付けました。しかし、私のシステムが、Stratに搭載されているようなハイ・インピーダンスなギター・ピックアップと一緒に使われる時に、いくつかの克服しなければならない問題がありました。
もしあなたがいつもやっていたことしかやらなければ、いつも手にしていたものしか手に入らないでしょう。
言い換えると、「座っていたらどこに行くこともできない」ということです。私は、1992年までにBuzzbuckerを4回もデザインしなおしました。そして私の完璧への探求によって、Kinman Hambusterと名付けた革命的な新しいシステムに辿り着きます。それは根本的に違うものでしたが、まだいくつかの解決しなければならない問題がありました:本体にバッテリーをつまなければいけない点、アクティブのあまり好ましくないトーン、そしてハイコストと、システムの取り付けの労力です。
あるときまた私は別の名案を思いつきました:バッテリーを積まないパッシブ・システムのアイデアです。私は一つ作り、それが大変よい出来でした。それもまたいくつかの問題を抱えていましたが、私はとても駆り立てられました。私は更なるアイデアとともに実験を続け、1995年の初頭に伝統的なStartピックアップのような外見で、シングル・ユニットのピクアップに辿り着きました。アルニコ・マグネットを使い、静かで、パッシブです。私はそのようなピックアップの価値を知っていたので、これが究極のゴールだと考えました。
私は、二重のコイルに対峙したマグネットを配置したり、様々な異なったマグネットとポール部品の配置を試したり、色々なコイルのデザインを試したり、様々なデザインを試しましたが、月並みなスタック・タイプが持っているような、マグネットのカップリングの問題を抱えていました。
数ヵ月後、私はデザインの突破口を発見しました。それは仰天するようなことで、ほとんどすぐにアメリカの特許を申請しました。月並みなスタック・タイプや、対峙したマグネットのデザインによる問題は、それらがトーンをキャンセルし、出力にノイズが乗ってしまうことです。他のピックアップメーカーはこれを押しとどめるためにワイアーをより多く巻いたり、そのほか色々な方法でトーンを壊しました。スタックタイプ・ピックアップの多くは、伝統的なStratピックアップの値、6kΩ, 2.46Hより大きくなっています。私が発明したのは、キャンセルする効果を、無視できるくらいのレベルまで減少させるシステムです。AVn-'62ビンテージ・ピックアップは、実際にインダクタンスの6kΩと2.46Hをスポットで測ることができます。たとえ自分で言ったとしてもこれはすごい成功です。私のライバルと主張するいくつかのピックアップもありますが、AVn-'62とどちらが良いか比べてみて下さい。私は、皆さんが私のものを選ぶことを確信しています。
私の最初のUS特許は1997年3月に、3番目は2000年8月に認可されました。これらは、アルニコ・マグネットを使った次世代のノイズ・フリー・シングルコイル・ピックアップになる最初の特許です。1998年の6月までこの分野での特許は認可されていませんでした。このようなことを達成するために、アインシュタインである必要はないのです。結局のところ16年かかりましたが、この経験の長さはとても重要なものです。
最近では、オーストラリア中東部にある私の小さな工場は、完全に認知され、私達はもうギターは作らず、ハイ・クラスなリペアーも行っていません。代わりに、我々は、素晴らしいサウンドで、ノイズ・フリー、シングル・ポールのStrat&Tele用のピックアップを作ることに集中しています。完全自動化され、数字によるコントロールを実現した、1994年にデザインして私が作ったコイル巻き機は(写真参照)、世界中からくる注文を増やすことが出来なかったため、最近になって2台目を手に入れました。それはオリジナルのものと同じ仕事をしますが、改良が施されています。私は、R.E.D.(research、experimentation、and development、元R&D部門)の情熱を持って、ピックアップのデザインだけでなく、それを作るために使う道具や機械類のデザインと製作に忙しくしています。私は、我々の生産許容力を誇りに思います。それは、私が作り出した新しい生産技術によってのみ達成されるものです。例えば、インダクタンスの範囲は、スペックから、たった1.5%しか変わりません。これはこの業界では聞いたことがありません。10%くらいが普通でしょう。手巻きは、新しいピックアップデザインのためには相応しくありません。Hxデザインは、期待以上の静寂度や、トーンのクオリティーを維持するために精密な生産テクニックを必要とします。これを達成させることが出来るのは、素晴らしい音のピックアップを作るというただ一つの目的のためにデザインされた、信頼の置ける道具や正確な機械を使うことが必要になります。私は、工場にある特別な目的のための機械や道具のほとんどを自分でデザインしました。決して「こんなやつなら近くの工具屋で買えるよ」ということにはなりません。私の特別なコイル巻き機は、実は手巻きをシミュレートしたものですが、自動化された機械の一貫したクオリティーを与えてくれます。手動/自動の良い所をとったものです。
我々の全てのピックアップは、トーンや、ノイズ・キャンセルのパフォーマンスにおいて、一貫していることを保証します。
今のところそのようなことをしたことはありませんが、批判や提案のためのドアはいつも開いています。そのような信条は私の新しいAVnシリーズにも貫かれています。
AVnシリーズは、よく研究されて発展させた技術革新の集大成で、このデザインには長い時間、長い年月がそそがれています。一晩で出来るものではなかったですし、他のどこからもどんなアイデアも借りてくることはしませんでした。全てオリジナルで全て私のものです。この製品の進化はゆっくりで、小さくて、私のいつもの高いスタンダードに照らし合わせたものです。私はこれが世界で最高のものになって欲しいと思うと同時に、AVn(Authentic Vintage noiseless)という名前に相応しいただ一つのシングル・コイルStrat&Tele用ピックアップになって欲しいと思います。私は多くの人のために成功したと信じています;Gary Moore、Hank Marvin、Bonnie Raitt、Anthony Dorennan(The Corrs)、Jackson Brown、Michael Thompson、John Farrer、他にも世界中のハイクオリティーとハイ・パフォーマンスを求める世界中のギタリスト、他のピックアップが持っているノイズや他の欠点なしに単純に素晴らしい音や感じを楽しみたいという方々。
皆さんが「My Story」を楽しんでいただけることを願っています。

Chris Kinman